その日俺は珍しく起きていた

でも 寝ている時と大して変わらず頭がボーっとして

夢現の世界を漂っているかのように

見えているもの 聞こえているもの 全て脳の奥まで届かない

きっと今の俺は波打ち際を波任せに漂う一匹の海月





「おい」





ふいに後ろから声が聞こえた

そんな気がした

だから 何となくそっちを振り返ってみたんだ

そしたら其処には跡部が怪訝そうな表情で俺を見ていた

少し不思議に思ったけど大好きな人だから笑顔を作ってみた





「…何?」





それなのにどうしてもっと怪訝そうな表情を見せるかな?

俺何もしてない

ただ 大好きな人が居て嬉しくて笑顔を作っただけ

気が付いたら跡部は俺を部室らしき場所へと引っ張ってた

俺の腕を握る力は強いらしくて手首が痛いけど

嫌だとか痛いって言うほど痛くない

そして ドサリと椅子に座らされた





「…どうかしたの?」





いつもと違う様子の恋人に首を傾げてみた

だってその方がらしく見えるでしょ?

でも跡部はそれが気に入らないらしい

ずっと表情を変えないで俺を睨んでる






「何かあったのか?」





跡部は視線を合わせるかのように腰を屈める

そんな跡部の瞳を見つめ返していたら

何故俺がこんな状態に陥ってるのか思い出してしまった

別に思い出したからどうってこともないし

思い出さないからどうってこともない





「…どうしたら一つになれる?」





「はぁ…?」





あ…さっきとは違う表情

俺の質問に吃驚したのかな?

そりゃ吃驚するよな

毎日のように一つになってるのに





「跡部の今の気持ちは永遠のもの?」





「俺の気持ち?」





「うん。俺の気持ちは永遠のものだよ…。」





ねぇ…どうしたら永遠のものに出来るの?

その気持ちは本当に永遠と言える?

好きで好きでたまらない

この気持ちどうやったら伝わるんだろう…





「ねぇ…跡部…キスして?」





「何があったのかは知らないけど、俺はジローが好きだぜ…。」





そう言って優しいキスを沢山くれる

凄く嬉しい 擽ったい 暖かい 満たされる

そう それで満たされるはずなのに

何だか満たされないんだ

だから俺は満たされたくて

跡部を俺だけのものにしたくて

今朝みた夢のようにするんだ





「…っ?…じろーっ…」





綺麗な瞳を丸く見開いて

綺麗な身体を小さく震わせて

綺麗な声で俺の名前を呼んで

それなのに跡部の表情は苦痛に歪んでる





「跡部を俺だけのものにしたい…」





俺は両腕を横に引く

俺の手に握られてるのは血塗れたナイフ

裂くものの無くなったナイフは空気を切り深紅の液を飛ばす

凄く綺麗で俺は見入った

そんな俺の目の端で跡部は床に倒れたんだ





「跡部…」





俺は立ち上がって跡部の傍に座り

血塗れた両腕で血塗れた跡部を抱き締める

これが致命傷ってやつなのかな?

跡部は動かないし 呼吸もしてない

あぁ これで夢の通り俺は跡部と一つになれた

跡部は俺だけのものだよ…





「跡部…大好き…やっと俺だけのものになったよ…」





嬉しい 愛しい人が俺の腕の中に居て たった今俺だけのものになった





「ねぇ…聞いてる?」





聞こえてるわけない

そんなことわかってる

わかってるのに頭じゃ理解してくれないんだ

唯一つわかっていることは

跡部は俺だけのものになったってこと

跡部との永遠を約束できたってこと





「それなのに…涙が出てくるんだ…」





目の前が霞んで大好きな跡部の顔がよく見えないんだ

俺だけのものになったのに

2度とその綺麗な瞳で俺を見つめてはくれない

2度とその綺麗な身体で俺を抱きしめてくれない

2度とその綺麗な声で俺の名を呼んでくれない

そんな事ばかり頭を過ぎるんだ

俺はきっと間違ったことをしたんだと思う

でも 後戻りは出来ない






「ねぇ…大好きだよ…ずっと、跡部と一緒がよかったんだ…」





後戻りは出来なくても進む事は出来るから

跡部の血で濡れたナイフで俺も跡部が居る所に行く事にする

だから待ってて?

すぐ大好きな跡部の所に行くから





「…今行くから…」





ナイフを喉に突きつけた時

岳人の叫ぶ声や俺を抑える鳳の声が聞こえた気がした

ねぇ 俺からナイフを取らないで

跡部の所に行かせてよ






「ねぇ…お願いだから…跡部の所に行かせて…跡部とずっと一緒がいい…お願いだから…」