俺は今まで誰にも囚われた事は無い

ただ一度も

そう思っていた

あいつに会うまでは・・・













幼かった俺は一人公園でテニスの練習に没頭していた。

朝早すぎたのか公園には、まだ誰も居なくボールの弾む音だけが木霊する。

壁打ちをしていると勢いに乗りすぎたボールが壁を追い越し隣の家へと飛んでいく。




「やべっ!」




慌ててその家へと走る。

幸いボールは庭に落ちていて難なく取る事が出来た。

いつもなら、そのまま戻るのだがこの日に限って好奇心が沸いてしまった。

お金持ちらしい家には人が出入りしているのが見当たらない。

どうやら、今は留守らしいと判断した亜久津は裏の窓から家の中へと侵入し家の中を散策する。




「ん?歌・・・?」




ある部屋の前で足が止まる。

扉の奥から歌らしい声が聞こえてくる。

突然、歌声が止んだ・・・。




「誰かそこに居るの?」



【見つかったか!?】




逃げようと来た方向へ身体を向けたが遅かった。

扉が開かれ同い年くらいの女の子が見つめている。



【誰も居ないと思ったのに!】




驚きの顔を隠せない。




「貴方一人?一緒に遊ぼ!」




そう言うと彼女は亜久津を部屋の中へと引っ張っていく。




「お、おい・・・!」




俺は急な展開に成す術を失った。

仕方がないので一緒にトランプやボール遊び、いかにも女らしい遊びの相手をしてやった。

すると、俺の持っていたラケットに興味がわいたらしくまじまじと見つめている。




「そんなにソレがめずらしいのか?」


「うん、この家から出たこと無いから、この家の中にある物しか知らない」


「病気か何かか?」


「・・・そんな所かな・・・・」




彼女の顔が一瞬だけど悲しい表情になった。

が、先程までの笑顔を取り戻し亜久津の方を向くとラケットの使い方を教えて欲しいと言う。

それは構わないが、病気らしいのに激しい運動をさせていいものかと、幼心に思った。




「私のことは気にしなくていいよ・・・・どうせもう・・・・」




本人が良いと言うのなら良いのだろう。

そして、2人は庭でテニスの練習をしている。

彼女のウエーブで茶色みがかった髪が太陽の光の所為でオレンジ色に輝いている。




「外で遊ぶのこんなに楽しいと思わなかった!」




笑顔が似合う女の子だ・・・とその時は思った。




――今思えば顔色が悪かった気がする・・・

けど、彼女は仕切りなしに笑うから

そんなことどうでも良くなった





楽しい時間は流れるのが早い。

もう、夕闇が迫ってきていた。

そろそろ、帰らないと優紀に怒られる。

彼女にそのことを告げる。




「遊んでくれてありがとう」




そして、俺は家へ帰った。




「名前・・・ま、いいか」




帰って優紀にそのことを話すと




「あそこには人が住んでないはずだけど・・・?」




と言われた・・・・。


























青空の下、俺は屋上でそんなことを思い出しながら煙草を吹かしていた。




「そっか・・・あいつ死んでたんだな・・・」




その後も何回かこういう経験をした。

しかし、大きくなるにつれてそういう経験は無くなっていった。



「あ!いたいた」


「・・・何だよ?」


「こんな所で何してんのさ?」


「見てわかんねーの?」





千石はストンと亜久津の隣に腰をおろし、亜久津の顔を覗きながら




「暇ならさー」


「「一緒に遊ぼ!」」




一瞬千石の後ろに幼き頃出逢った女の子の姿が重なった。




「?・・・どうかしたの?」




太陽の光に透けてオレンジがかった髪に零れんばかりの笑顔。

千石が俺にとらわれているとばかり思っていたが・・・。

どうやらそれは俺の思い違いだったらしい。

とらわれていたのは・・・・

間違いなく俺の方だった。




「襲っちゃうよ★」




その言葉に意識を現実に引き戻される。




「・・・やれるもんならやってみろや」




ニヤリと嫌味っぽい笑いをしてみる・・・が、

千石はひるむどころか本当に襲ってきやがった!




「てめぇ・・・」


「自分で挑発したんでしょ?」




さっきの俺と同じ笑いをする。

そして、俺は千石に押し倒されてしまった・・・。









いつもは必死に抵抗するのだが






この日だけは素直に





いや千石に






身を任せても良いと思った






もしかすると






幼き頃の初恋が







今実ったのかもしれない