ある日、いつものように任務を終えて帰宅すると一通の手紙…いえ、招待状が届いてました。











その日の朝は珍しく夢見が悪くて、朝からとても嫌な感じがしてたんです。夢の内容は良く覚えていないものの、大切な部分だけはとてもハッキリと鮮明に脳裏に焼き付いて、その内容はオレの大切な人が手の届かない遠い所へ行ってしまう夢でした。
その日与えられた任務の内容も内容だったのでオレが彼女から離れて行くのかな、何て考えながら支度をしていつも以上に気を張り詰めながら任務に向かったのですが、結局軽い傷は負ったものの夢に繋がるような事は何もありませんでした。










「えっと、傷薬はこの辺だっけ…。」


一人手当てをしようと部屋を漁ってると【コトンッ】と一通の手紙が届きオレは一度手を止めると急ぎの内容だと困ると思い直ぐにそれを確認するも、言葉を失い何も考えられない状態になってしまった。思考をそのままにフラフラとソファに座ればじっとその手紙を見つめていた。
差出人は【三浦ハル】内容は、来月結婚する事になりましたという招待状。相手は誰だろうとか、結婚おめでとうとかお祝いに行かないととか、最初は色々な事が頭を巡り始めたけど気が付いたら全く別なものが頭の中をぐるぐると支配し始めてオレはいてもたってもいられなくなり、急いで準備をすませると書かれていた住所へと向った。
辿り着いた場所に建っていたのは白い清潔感のある大きめの家だった。きっと既に旦那となる人と暮らしているのだろうと思考が過ぎれば自ずと足が止まる。旦那となる人に誤解されてしまうんじゃないだろうか、今更逢いに行ってもハルさんが困るだけなんじゃないだろうかとか色々考えていると扉が開く音が聞こえ身体が強張った。


「それじゃ、行ってくる…って、よぉランボじゃねぇか。」
「え?ランボちゃんですか?」


懐かしい声が扉の音に続くように耳に響き思わず顔を上げればやはり其処には懐かしい顔があった。懐かしい顔ぶれに嬉しくなるのも束の間、オレは理解してしまった。ハルさんは獄寺氏と結婚するのだと……。一瞬俯きかけるも手を握り締めて一度深呼吸しては、精一杯の笑顔で顔を上げゆっくりと二人に歩み寄る。


「お二人ともお久し振りです。」


声震えていないかな、きちんと笑顔で居られてるだろうか。そんな事を考えていたのに何故だか視界が霞み始めそのまま俯いてしまうと、不意に大きな手が頭を撫でてくれて懐かしさと悔しさと良くわからない感情が込み上げてきて唇を噛み締めながら泣いてしまった。


「これから仕事だから、こいつの事宜しくな?」
「…はい…。」


オレは震える声で精一杯頷きながらハルさんと共に獄寺氏の出発を見送り、ハルさんに促されるまま家に上がっては暖かいミルクを貰い少し気分も落ち着きを取り戻したオレはお祝いの言葉をかけようと顔を上げれば、しっかりとオレを見据えるハルさんと視線が合い思わず逸らしてしまい、気まずそうにしていると不意に頬に細く小さな手が優しく触れた。


「ランボちゃん…何か悲しい事ありましたか?」


昔と何ら変わりない彼女の優しさに再び込み上げる感情を感じるもそれを必死に飲み込んでは笑みを浮かべ、緩く首を振りながら頬に触れる手に己の手を重ねる。


「これはオレの問題ですから、ハルさんが心配する事じゃないですよ。」


それでも彼女は心配そうな表情をしてオレを見つめ、やがて納得するように再び微笑みを浮かべた。そのまま頬に触れていた手が離れるとオレは思わず名残惜しそうに視線で追うもその先には立ち上がり何かを思いついたように手をパンと鳴らす彼女の姿があった。


「ランボちゃん、今日は何か予定ありますか?」


嬉しそうな顔で問われ、オレは一瞬不思議そうな顔をしてしまったのだろう。彼女は慌てて「何かありましたか?」と問い直してきたので首を左右に振った。すると嬉しそうにエプロンを身に纏って冷蔵庫を漁り始め、オレはその姿から視線を外してお昼は過ぎてから来たはずと壁に掛けられた時計で時間を確認してるとキッチンから声が掛けられた。


「今日はうちで夕飯食べていってくださいね?ランボちゃんは一人暮らしなんですし、偶には栄養のあるものをきちんと食べないと駄目ですよ?」


変らない優しさに嬉しくなり、ミルクを飲み干すとカップを持ってオレもキッチンに向う。シンクにカップを置いてから料理し易いようにと手際良くシンクに残っていた洗い物を片付け始めてると、ふと視線を感じたので彼女の方へと向くと彼女も嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「どうかしましたか?」
「いえ、ランボちゃんが昔と何も変って無いのがつい嬉しくて…っと、変って無いなんて言っては失礼ですね。又、怒られちゃいます。」


そう言って慌てて口を紡いでから料理の材料をテーブルへと並べる彼女を見つめながら何一つ変って無い様子に思わず笑みを浮かべていた。緩く首を振って顔がにやけてる事ばれないようにすれば、並べられた材料を見ながら必要だろうと思う道具達を探して同じようにテーブルに並べる。


「ありがとうございます」
「どういたしまして。そう言えば、さっき怒られるって言ってましたが前に何かあったんですか?」


彼女のお礼を聞きながらながらふと先程の言葉が気になり尋ねると一度彼女は困ったような顔をした。それから少ししていつもの笑みに戻ったと思ったらゆっくりと唇を開いてくれた。


「前にランボちゃんの話しになった時に今も変らず良い子で居るでしょうねっていう話しをしていたら、《男として立派に育ってるであろう相手に良い子は失礼だ。》 って、言われてしまって…あぁ、その通りだなって。 ランボちゃんだってこんな立派な男性になってるのにいつまでも子供扱いしてたら失礼ですよね!」
「獄寺氏が…?」
「はい。何だかんだ言ってランボちゃんの事気にしてますよ。」


笑顔でそう言った彼女の言葉にズキンと胸がなった。オレは何て愚かなんだろう…二人は変らずオレの事を考えていてくれてて何も変る事無くこうやってオレを受け入れてくれてる。それなのにオレは獄寺氏に嫉妬さえして、しかもそれは獄寺氏にばれてて…それでもハルさんをオレに任せて任務に行った…。一瞬オレはそんな二人の前から消えてしまおうかとすら思ったのに…二人の傍に居たいとも思ってる。この先子供が出来てしまえば益々オレの居場所が無くなる事も理解しているのにそれでもオレはこの人達と一緒に居たい、此処がオレの居場所なんだと身体が認識してしまってる。
オレはずっと彼女を一人の女性として愛しているのだと思っていたがどうやら違うらしい。結婚を知った時、嫉妬や悔しい以前に物悲しかった。自分の元を去って知らない人になるのだなと思ったら泣けてきた……自分の居場所が無くなったと…。彼女を一人の女性としてではなく、母親としてその愛を独り占めしたかったんだと…そう頭が理解すると涙が溢れでてきた。


「はひっ!ランボちゃんどうしたんですか!?」


彼女の慌てる声に我に返るように顔を上げては彼女をぎゅっと抱き締めた。彼女は不思議そうな顔をしたまま大人しくオレに身を任せてくれたので、オレは震える手で震える声で彼女の肩に顔を隠しては口をゆっくりと開いて言葉を紡いだ。


「オレはずっと貴女が好きでした…一人の女性としてだと思っていたそれは、母親としての好きで…結婚してしまったらやがてオレに向けられていた愛は無くなるんだなって思ったら、色んな事がグルグルと頭を巡って…どうしたら良いかわからなくなってしまいました…。」
「…ランボちゃん…。」


彼女の優しい手が声がオレを包み込んでくれるとその暖かさに益々涙が止まらなくなって嗚咽を漏らし、何度も彼女を掻き抱きながら泣き続けた。どのくらい泣いていたのかわからないけど、気がついたらその場で泣き寝入っていたらしく目を覚ますと彼女に膝枕されていた。いつ以来だろう、こんな安心感は…。


「…オレ…っぶ!?」


微笑む彼女を見上げながら言葉を紡ごうとした途端顔面に硬い物と柔らかい物が入った袋をゴンッと音がしそうな勢いで置かれた。それを退けて再び見上げれば今度は獄寺氏の顔が視界に入り、慌てて袋を抱えれば起き上がり獄寺氏に向き合う。


「あ、あのこれはっ、そのっ」
「何慌ててんだよ。バーカ。」


そう言って来た時同様オレの頭をわしゃわしゃと撫でては背を向けてしまう。やっぱり悪い事してしまったかな、なんて俯いてると獄寺氏の何処か恥かしそうな小さな声が耳に届いた。


「どうして良いかわからないならわからないままでも良いだろ?アホ牛はアホ牛らしく今まで通り甘えてれば良いじゃねーか。……好きな時に遊びに来て、昔みたいにしてりゃ良いんだよ。」


目を丸くして顔を上げるとクスクスと微笑むハルさんが先ず視界に入った。彼女は獄寺氏を指差して何かを示してくるので促されるままに視線を向けると、耳まで真っ赤にした獄寺氏の後ろ姿がそこにはあった。何だかくすぐったくて嬉しくて、暖かいモノが込み上げてきた。オレが獄寺氏の背中に額をコツンと付ければ彼の身体が僅かに緊張して、思わずクスクスと肩を揺らしてしまう。


「お父さんと呼んで良いですか?」
「なっ、ふざけるなっ!何でアホ牛の父親にならないといけねーんだよっ!」
「ふふっ、さてと。ハルは腕によりをかけて美味しいご飯を作りますね。」
「てか、いつ帰って来てたんですか?」
「い、いつだって良いだろ!?」
「ランボちゃんが抱きついて泣き出した辺りからは居ましたよね?」
「テメェ、言うなっ!」
「獄寺氏…素直じゃないですね。あ、そういえば袋の中身なんでしょう……。白ワインに葡萄…え、もしかしてオレの為にですか?」
「たまたまだ。たまたまっ。」
「耳まで真っ赤ですよ。」
「黙れアホ牛!」










室内に響く暖かな声。





オレはこの暖かい空間の中に居たい、ずっと一緒に居たいと心の底から思った。





二人からの愛を貰いたいと…。